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ハログ

文系学徒

近況報告番外編 1/14-1/15

センター試験を受けた

 

予備校でよくある合格体験記、不合格体験記という形でセンターが終わった後の心境について知ることはできる、だが普通センター終了後の受験生の生の肉声を聞けることはまずない

 

下手にtwitterに書こうものなら間違いなく非難されるだろう、センターの結果が良かろうが悪かろうが必ず失敗した人はいるわけで、その人のことを考えるとうかつにセンターの感想なぞ書けない

 

しかし僕にはこのブログがある、ここならありのままを記しても僕を知る人から見られる可能性は低い。というわけでセンター試験を受けた直後の、本音というか感想を記しておこうと思う

 

自己採点した感想を一言でいうと、「想定内のショック」という感じだった、決して悪いわけではなくむしろ自分にしては高い点数が取れたのだが、個別試験のことを考えると物足りない点数だった

 

自分は、各試験を受ける時絶対9割取るぞと言い聞かせたし、自分の底力を信じてもいた。失敗するといった考えは即座に放り投げた、だが、そう言い聞かせる自分とは別に、冷めた目でこのセンターに臨もうとする自分もいた。僕の実力は全教科9割取るなど絶対不可能なレベルであることは、自分が一番よく知っていたし、「全教科9割取る」というのも無理やり自己暗示として言い聞かせているにすぎないことも分かっていた。心のどこかで僕は、この無意味な神頼みをバカバカしく感じていた

 

これでは「実力不相応の点数を勝手に夢見ただけ」のようだが、一連の神頼みも完全な無駄というわけではなかった、自分の中の冷めた自分、センターといういわば人生をかけた大舞台においても無感動無感情でいれる自分を把握できたことは大きかったし、試験本番ではその冷静な自分のおかげで、落ち着いて試験を受けることができた

 

ただこのセンターに関しては、ストッパーとなる冷静な自分が、いささか思い通りに動いてくれないこともあった、いくら「落ち着け」と念じても言い聞かせても働いてくれないことがあった、特に顕著だったのが国語と数学で、時間との戦いであるこの二科目において、それは致命的だった

 

国語の試験が終わった後に「こんなのではダメだ」と思った、もっと落ち着いて解かないとダメだと思った、しかしダメだと自分にマイナスの評価をつけている時点で、もはや余裕など残されていなかった。実際数学の試験の前には、「いつも通り、普段通り」といったことは一切考えず、「ミスした国語の穴を埋めなければ」ということしか考えなかった。いつも形だけの「落ち着け」を冷笑する自分はその時、存在感を失っていた

 

よく言われることだが、センター試験はけして難しい試験ではない、日本全国のどこかにほぼ毎年100点(さすがに全科目満点はそうそういないが)をとるツワモノがいるのだ、僕だって時間無制限で取り組めばそれなりの点数は取れる。センターをセンターたらしめるのは厳しい時間制限である

 

普段実力のある人がセンターで躓くのはなぜか、信じられないミスを犯してしまうのはなぜか、それは「余裕」がないからである。何度演習を積もうが、何度参考書を見返そうが、「センター」という舞台はそうして培った自信をいとも簡単に突き崩してしまう、特に、長い時間をかけて磨いてきた自信の場合、一度綻びを見せた場合、より気持ちの立て直しが困難になってしまう

 

自分にとって幸運だったのは、辛うじて機能した冷静な自分が、「自信」ではなく「無感情」でセンターと向き合ったことだろう、センターに真っ向から挑むと自信を失って失敗する可能性が高まるが、「無感情」ならミスを何とも思わないまま問題に取り組めるからである、だが肝心なところで無感情な自分をきちんとコントロールできなかったのは、やはり実力不足ということだろう

 

一番最後の数学の試験では、自分は100点取ってやるとすら考えていた、こんな風に考えていてはただでさえ点数が取れないのにもっと取れなくなってしまうことは身に染みて知っていた、だが、どうにもならなかった

 

こうやってあーだこーだ終わったことを嘆いても仕方がない、分かっている。センターの穴を埋めるためには、2次試験で挽回するしかない、結局は勉強するしかない、それも分かっている。しかし今のこの頭では無理である、ほんの少し、ほんの少しだけ今の僕には時間が要る

 

 

 

 

 

桧山家ではセンターを受けたのは僕しかいない。父も母も兄弟姉妹も経験せず、僕が初めて受けることになったセンター試験。初めてのセンターの味は、少し甘くて、少し苦かった