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ハログ

文系学徒

2/26

たった今入試終わりました。

生きてます。ちょうど丸一ヶ月放置してたらしい。受験だから仕方ない。

結果は目に見えてるので今のうちにちょっとでも楽しんでおこう

近況報告番外編 1/14-1/15

センター試験を受けた

 

予備校でよくある合格体験記、不合格体験記という形でセンターが終わった後の心境について知ることはできる、だが普通センター終了後の受験生の生の肉声を聞けることはまずない

 

下手にtwitterに書こうものなら間違いなく非難されるだろう、センターの結果が良かろうが悪かろうが必ず失敗した人はいるわけで、その人のことを考えるとうかつにセンターの感想なぞ書けない

 

しかし僕にはこのブログがある、ここならありのままを記しても僕を知る人から見られる可能性は低い。というわけでセンター試験を受けた直後の、本音というか感想を記しておこうと思う

 

自己採点した感想を一言でいうと、「想定内のショック」という感じだった、決して悪いわけではなくむしろ自分にしては高い点数が取れたのだが、個別試験のことを考えると物足りない点数だった

 

自分は、各試験を受ける時絶対9割取るぞと言い聞かせたし、自分の底力を信じてもいた。失敗するといった考えは即座に放り投げた、だが、そう言い聞かせる自分とは別に、冷めた目でこのセンターに臨もうとする自分もいた。僕の実力は全教科9割取るなど絶対不可能なレベルであることは、自分が一番よく知っていたし、「全教科9割取る」というのも無理やり自己暗示として言い聞かせているにすぎないことも分かっていた。心のどこかで僕は、この無意味な神頼みをバカバカしく感じていた

 

これでは「実力不相応の点数を勝手に夢見ただけ」のようだが、一連の神頼みも完全な無駄というわけではなかった、自分の中の冷めた自分、センターといういわば人生をかけた大舞台においても無感動無感情でいれる自分を把握できたことは大きかったし、試験本番ではその冷静な自分のおかげで、落ち着いて試験を受けることができた

 

ただこのセンターに関しては、ストッパーとなる冷静な自分が、いささか思い通りに動いてくれないこともあった、いくら「落ち着け」と念じても言い聞かせても働いてくれないことがあった、特に顕著だったのが国語と数学で、時間との戦いであるこの二科目において、それは致命的だった

 

国語の試験が終わった後に「こんなのではダメだ」と思った、もっと落ち着いて解かないとダメだと思った、しかしダメだと自分にマイナスの評価をつけている時点で、もはや余裕など残されていなかった。実際数学の試験の前には、「いつも通り、普段通り」といったことは一切考えず、「ミスした国語の穴を埋めなければ」ということしか考えなかった。いつも形だけの「落ち着け」を冷笑する自分はその時、存在感を失っていた

 

よく言われることだが、センター試験はけして難しい試験ではない、日本全国のどこかにほぼ毎年100点(さすがに全科目満点はそうそういないが)をとるツワモノがいるのだ、僕だって時間無制限で取り組めばそれなりの点数は取れる。センターをセンターたらしめるのは厳しい時間制限である

 

普段実力のある人がセンターで躓くのはなぜか、信じられないミスを犯してしまうのはなぜか、それは「余裕」がないからである。何度演習を積もうが、何度参考書を見返そうが、「センター」という舞台はそうして培った自信をいとも簡単に突き崩してしまう、特に、長い時間をかけて磨いてきた自信の場合、一度綻びを見せた場合、より気持ちの立て直しが困難になってしまう

 

自分にとって幸運だったのは、辛うじて機能した冷静な自分が、「自信」ではなく「無感情」でセンターと向き合ったことだろう、センターに真っ向から挑むと自信を失って失敗する可能性が高まるが、「無感情」ならミスを何とも思わないまま問題に取り組めるからである、だが肝心なところで無感情な自分をきちんとコントロールできなかったのは、やはり実力不足ということだろう

 

一番最後の数学の試験では、自分は100点取ってやるとすら考えていた、こんな風に考えていてはただでさえ点数が取れないのにもっと取れなくなってしまうことは身に染みて知っていた、だが、どうにもならなかった

 

こうやってあーだこーだ終わったことを嘆いても仕方がない、分かっている。センターの穴を埋めるためには、2次試験で挽回するしかない、結局は勉強するしかない、それも分かっている。しかし今のこの頭では無理である、ほんの少し、ほんの少しだけ今の僕には時間が要る

 

 

 

 

 

桧山家ではセンターを受けたのは僕しかいない。父も母も兄弟姉妹も経験せず、僕が初めて受けることになったセンター試験。初めてのセンターの味は、少し甘くて、少し苦かった

身も蓋も夢のカケラもない

今週のお題「2017年にやりたいこと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勉強

 

近況報告12/29-12/30

勉強の合間に太宰の随筆を読んでいる

 

風刺や皮肉に満ちた、面白いが暗い本である

 

対する僕はというと勉強の疲れを癒すために寝転がりながら布団に抱きつきながら顔を埋めながら右腕で腕枕しながら空いた左腕を使って読んでいる、完全にリラックスモードである

 

さらに年末、我が家も掃除に追われているが全体的にのんびりした空気が満ちている。のどかなラジオがそれに拍車をかける

 

長年付き添った嫁とゆっくり余生を過ごしているような、そんなのどかな感じなのだ、しかしこれは太宰が精魂を注ぎ込み生み出した文学作品を読む態度ではない

 

僕は反省した

 

布団を畳んでリラックスするのをやめ

 

ラジオ、エアコンのかかる快適な居間から寒い自室へと移動して

 

いざ太宰の本を読もうとしたら居間に忘れてしまっていた、仕方がないのでゲームした 12:46

 

 

 

 

 

ラジオで和菓子屋のcmを聴いた

 

上司が自分の娘に何をあげようか悩んでいる場面で、ここの和菓子美味しいですよと言って部下が和菓子屋を勧めるというもの

 

「大切な人にあげるんですね」「そうなんだよ、何を喜んでくれるかな」といった場面で、あろうことか僕はこの上司は不倫しているのかと邪推してしまった、娘はフェイクだと思ってしまった

 

受験勉強とはかくも人の心を捻じ曲げてしまうのか

 

受験勉強への怒りと和菓子への食欲が高まったので、代償行為としてピザを食した、美味い 12:55

 

 

 

 

 

晴れたり曇ったり天気がクルクル変わる、お天道様も年末で忙しいのかもしれない

 

それにしても空が美しい、厚くて黒い雲、太陽に照らされ光り輝く雲、それらの雲の間からひょっこり覗く青空と、なかなか良い組み合わせである

 

冬の朝の、日が昇り切る前に赤く輝く空が一番好きなのだが、美しいものというのはどうも単体の存在ではなく複数の要素が集まったものであることが多い気がする

 

そんなことを思っていたらまた曇った、と同時に僕の心も曇った、さっさと晴れてくれないものか 15:06

 

 

 

 

 

喫茶店に行った。引きこもりを常とする僕としては珍しい。しかも女の子と

 

愚鈍で漢気の欠片も無い僕は別段親密になろうともせずただその美味に酔いしれていた

 

喫茶店の醍醐味といえば「ダベる」という行為だが、僕としては一時間ぐらいが相場と踏んでいた

 

僕は愚か者だった、完全に舐めていた、相手はJKなのだ、彼女は無限にも等しいネタを雨のように降らせてくる

 

こちらも負けじとネタの雨を降らせて楽しく談笑していたら四時間経過していた、さすがに笑えない 17:00

 

 

 

 

今日も今日とて椅子に縛られペンを握らされ偏差値上げたことだよ、はーμmgcosθ

最下位は三位かい

その昔、AVの存在も知らなかった僕にとって、小説における性描写は貴重な存在だった。当時僕は官能小説というジャンルを知らず、小説の中でその興奮を知り始めていた。少年は少しずつ性を知り、その魅力に引き込まれた。

 

官能小説は、性描写を目的とする。エロを求めるのだから当たり前である。対して官能小説以外の小説は性描写を手段とする。その描写は全体の話の河の流れの中のちょっとした岩、障害物として挿入される。官能描写は時に推理小説の動機に説得力を与え、歴史小説の主人公の思い出を妖艶に彩る。動機は痴情のもつれから生まれ、男の劣情は女によりいとも簡単に揺り動かされ、その例は枚挙に暇がない。

 

遠い昔、僕の中の衝動が芽生え始め、手探りで知識を得ていたあの頃、一冊の歴史小説に出会った。古代中国を舞台とした話なのだが、その中に忘れられない描写があった。夫が妻を寝台に寝かせてひたすら身体を舐めるというものだった。当時僕は▲部とか☆棒といった隠語はもちろん、ペ(自主規制)という言葉も知らなかった。というよりこいつらベットで何したんだとも思った。そんな僕でもこの行為の異常性は理解できた。人と人ではなく、男と女、極言すれば雄と雌の、文字通り獣のように快楽を求める姿だけがそこにはあった。当時小学生だった僕にはいささか刺激が強い描写だった。

 

しかし、全く奇妙なことなのだが、この夫婦がナニをしているかは性の知識に乏しい僕でも分かった。舐めるという行為は小学生でも理解できる。性行為なぞ子孫を残す目的で行うものなのであって、快楽目的は二の次なのである。それが快楽を追求した結果マニアックなものになっていったのだから、必然的に性描写は細かく記述されることになる。逆に言えば、細かく、マニアックで、人を選ぶような描写であるほど、エロティックであると言える。だがこの描写は、シンプルで、かつ誰もが知る「舐める」という行為で、非常に高いエロパフォーマンスを実現していた。有り体にいえばエロパがよかった。

 

別に僕はこの歴史小説の性描写だけを読んだわけではない。他の小説にも性描写はいくらでも存在する。珍しくもなんともない。だが、ほかの小説に関しては忘れるものも多かったが、かなり昔に読んだにもかかわらず、この描写は余程インパクトが大きかったのか、僕の頭の中から消えることはなかった。

 

最近、ふとその歴史小説を読みたいと思い立った。別に全部読む気などさらさらない。僕はあの強烈なナメナメプレイが読みたいのだ。武将がいくらドンパチやろうと俺の知ったことではない。

 

それで図書館で探してみた。この時僕は、どんな話かも誰が書いたかも題名は何かもありとあらゆる情報を綺麗さっぱり忘れていた。あの話親鸞出てきたっけなー、本のタイトルは水滸伝みたいなタイトルだよなー。てな感じである。この時点でもう時代的に絶対ありえない組み合わせなのだがその時はそんなこと知るすべもない。探すのを中断しグーグル先生に聞いてみても当然ヒットしない。

 

やっぱり手当たり次第に見ていくしかないか。そうして探索を再開し悪戦苦闘していたが、ふと顔を上げると何処かで見たような作者の名前が書かれた本があった。試しに読んでみるが探している本と違う、いやしかしなんとなくこの作者っぽいぞ。何冊か確認した後これかなと思ってある本を手に取った。

 

そう、それが探していた本だった。間違いない。興奮を抑えながらページを飛ばさぬよう慎重に文を流し読みしていく、大丈夫だ焦る必要はない、見落としの無いよう慎重に…。そしてついにその描写を発見した。結構感動した。母をたずねて3000里ならぬエロをたずねて3000秒である。母ではなくエロを求めるあたりに強い意志を持ちつつ母を探したマルコとは違う凡人である僕の性が現れているのだがまあそんなことはどうでもいい。小学校5、6年の時に読んだから、実に6、7年ぶりの再会になる。生き別れのムスコに再会したかのように、その本が愛おしく思えた。

 

しかしまあ、普通に考えて母を会いたいからといって3000里も旅する男がいるだろうか。エロ描写を読みたいからといって50分も無駄にする男がいるだろうか。そうこの探索は割にあっていないのだ確かにそうだ。だがマルコは母に再会したいと思ったから3000里も旅し、僕も性描写に再会したいと思ったから3000秒も無駄にした、この「目的を達成させるためにはそれなりの覚悟、代償を払わなければならない」という点においてはマルコも僕も変わらないはずだ。そう考えると僕のした行為は非常に高尚ではないだろうか、褒められる行為ではないだろうか。

 

それを誰かに話したらドン引きされると思ってここに書いた。何かを求めるために情熱を注ぐ。素晴らしいことだと思いませんか。

ちなみにその本の題名は北方謙三の「楊令伝」第1巻(だったはず)です。興味のある方は一度読んでみてはいかがでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

あ、図書館ではもちろん勃起しました、皆さん周りの目にはお気をつけを

 

 

 

 

Beat it①

先日、とあるビートボクサーと対談する機会があった

 

と書くと、いかにも大物で超有名でyoutubeとかにガンガン動画をアップしてガンガン金稼いでウハウハ大儲けしてギャンギャン女をはべらしてもう金も地位も女も皆充実しててサイコ~~~~~~みたいなビートボクサーと、いかにも雑誌や新聞でよくある足を組んで腕をまくって髪を逆立たせて心頭滅却して行われる対談、サミット、インタビューといった類の対話を想像するだろうが違う

 

彼は僕の友達で、中学時代一緒だった男である

 

そして対談の場というのはライン通話である

 

 

 

遡ること夜の11時、僕は来るべき日に備えて英語の勉強をしていた。構文を理解し、単語の意味を推測し、どうしてもわからない語はサーチして頭に叩き込み、ペンを走らせ、構文をとり、単語を推測し、単語をサーチし、走らせ、とり推測サー走と推サ走と推サ走ヴヴヴヴヴヴと推サ走と推サヴヴヴヴヴヴヴヴヴ走と推サ走と推サ走とヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ推サ走と推サ走あーーーうっせえなんだよ

 

普段沈黙を決め込んでいる僕のスマフォが、その時は珍しく自己主張していた

 

確認してみると、中学時代の友達を集めたグループが動いていた。どうやら通話しているらしい

 

ちらりとメンバーを見た

 

 

3人だった

 

 

 

 

すくねえ

 

 

 

救いようもなくすくねえ

 

どうする…俺も彼らに加わるか、いやしかしもう夜遅くだ、変に通話して家族を起こしてしまってはまずい、だがもう英語の勉強には飽き飽きしていた頃だここらで休憩がてら話すのも悪くはないか

 

結局僕はトークに混ざる決断を下した

 

ここでのトーク参加というのは重要である、恐らく彼らは人の集まらないトークに煮え切らない思いを抱いているだろう、そうなると会話も煮え切らずに悶々と無為にトークしていることは想像に難くない。彼らはこの陰鬱な空気を変える「救世主」、そう文字通りこのトークを救う存在を求めているに違いない

 

そこで僕が入る。大いに期待されるだろう、「桧山ならこの状況を変えてくれる」そう誰しもが思っているだろう。逆に言えば、救えなければ「お前何のためにトークに参加したの」と思われてしまう

 

 

震える手で「参加する」のボタンを押す

 

 

 

これは勝負だ

 

 ヒーローとなるか、ピエロとなるか

 

 

 

 

 

 

「ん?誰か入った!?えっ誰!?あっ桧山かーー!!」

 

 

 

このような応対を想定していた

 

しかし奴らは一枚上手だった

 

彼らが返した応対、突如前触れもなく参加した不審者への応対は

 

 

 

「………」

 

 

「………………………………………………」

 

 

無だった

 

嘘だろ

 

僕は事態の深刻さを悟った、せめてなんか応対してくれよ、いや違うこれは俺が入ったことに気づいていないだけか

 

 

 こんなことでひるむ僕ではない、僕はこの無の間、いかにトークを盛り上げるかを思考していた

 

 

ここで彼らについて少し補足しておく。彼らは皆同じ工科系高校、いわゆる工業高校というやつの生徒である。めでたいことに3人共皆すでに就職が決まっている

 

 

僕は受験組なので絶賛勉強中なのだが、彼らは残りの高校生活をどう謳歌するかを考えているのだ。そこを勘違いしてはいけない

 

間違えても「ウィトゲンシュタインっていんじゃん?あいつの考えた言語ゲームって言葉の響きマジ良くね?」といった語感事情や「枕草子ってあんじゃん?あの第八段の五行目のあの係り結びの法則、あれ腹立つよなー気づかんよなー」といった古漢事情の話題はしてはいけないのだ

 

 

さあそのことを確認してもうじき30秒、もうそろそろ気づくだろうあっ今「誰か入ってる」って言ったな気づいたなさあどうするお前たちはどう僕に対応するさあ見せてみろさあさあさあさ

 

 

 

 

「やっほーこんばんは」

 

 

 

 

 

えっ

 

何このテンションの低さ

 

予想をはるかに下回る空気の悪さだった

 

まるで

 

すでに希望を捨てたかのような

 

このままこの淀んだ空気で腐っていくことを受け入れてしまったかのような

 

 

 

そうか

 

俺は救世主としてみられていないんだな

 

 

 

待ってろよいま救ってやるからな俺のこのなけなしのトーク力でお前たちのムードをアゲアゲあげぽよにしてやる

 

こうして戦いの火蓋が切って落とされた

 

(②に続きます)

 

 

 

あーね

今日も世界のどこかで愚かな男どもがこう言う「あー俺もお姉ちゃん欲しかったな〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

 

 

は〜〜〜〜〜〜〜〜〜?

 

 

ひ〜〜〜〜〜〜〜〜〜?

 

 

ふぅ…

 

 

 

 

僕には二つ上の姉がいる

 

あまり家族構成を訊かれることはないが姉がいることを話すと「えー仲はどうなの」「やっぱ仲悪いの」「可愛いの」「どこの高校行ったの」「どこの大学行ったの」などと根掘り葉掘り花掘り訊かれる

 

特に顕著なのは男で、彼らはまるで麻薬の匂いを嗅ぎ取った空港の麻薬探知犬のようにそこにイケナイ香りを感じ取って質問してくるのだ

 

彼らの考えていることなど手に取るようにわかる。彼らは健全な男子高校生、大方姉とドキドキサプライズイベントして〜〜などと考えているのだろう

 

そうでなくともあ〜〜パンチラとか胸チラとかあとパンチラとか刺激的なイベント起こんねえかな〜〜などと考えているのだろう

 

まあそれは男子の性、仕方ないことだ。だが「お姉ちゃん欲しい!絶対一緒にいて楽しい!」といった自分なら姉大好きっ子になれるし好きになれる自信あるからとにかく女を俺にくれそしてドキサプイベントやろうぜオーラを隠しきれない輩、ましてや「優しいお姉ちゃんに一生面倒見てもらいて〜〜可愛くて性格良くて弟大好きっ子ちゃんのお姉ちゃんとxxxして〜〜」などともはや公の場であることを考慮せずこのような不埒なことを大声で吹聴し周囲の男子女子からの冷たい目線を浴びることをも苦とも思わないサイコパス野郎は許せん、断じて許せん

 

 

とか言うとまた「そりゃ俺らだってわかってるよ、現実には俺の理想の姉なんかいないことぐらい…」と言う

 

 

違うのだ、確かに理想そのままの姉なんかそうそうお目にかかれるものではないだろう、だが僕が言いたいのはそれではない

 

ここで僕が主張したいのは、肉親である限り、血の繋がった姉弟である限り、姉に欲情する、ましてや惚れる、なんてことは起こらないということだ

 

 

 

姉が欲しい男は二つに分けられる

 

エロゲなりssなりで下賤な欲望を膨らませた無知なオタクか、AVなりアニメなりで下賤な欲望を膨らませた無知な猿かのいずれかである

 

オタクは特に

・「弟くん大好き」などと言う

・一緒に寝ようと誘う

・あーん

・間接

といった要素を求め、猿は特に

・パンチラ、胸チラ

・突如脱衣所に押しかける

・布団に入ってくる

といった要素を求める。気がする

 

 

ここにおいて、僕の姉はこれら猿・オタク7原則を複数項目満たしてしまっているというとんでもない女なのである

 

 

 

猿か

 

 

猿なのか

 

 

僕の姉は猿でオタクなのか

 

 

その猿のニーズもオタクのニーズも両方満たしてしまった正に猿からもオタクからも垂涎の的であるオタサーの姫ならぬ猿サーの姫、ならぬ猿サーの姉は、実際弟の立場からだとどう見えるかを書いていこうと思う

 

 

・「弟くん大好き」という

絶対言わない。こんなのオタクの妄想である。キモい。こんなこと言われたら即座に距離置く。だってキモいし。まあ流石に言われたことないが

 

ただ時々、「〇〇(僕の名前) かっこいい!結婚して!」などと言われることがある。これだけならいくら弟の僕と言えどもドキッとなる。なるのだがその後50000%の確率で「そして〇〇(姉の名前)を養ってくれ」と言われる。丁重にお断りするようにしている。死ね

 

 

・一緒に寝ようと誘う

オタクの妄想

 

・あーん

オタクの妄想

 

・間接

数限りなくある。恐らく10^1000000ぐらいある。だがもはやこれだけの数をこなしてしまうともうドキがムネムネしなくなる。起こる感情は「俺のコップ勝手に使うな」「俺の皿に勝手に食いかけのハンバーグ入れるな」という負の感情のみ。死ね

 

 

・パンチラ

無限にある。10^1000000000回は優に姉のパンツの色や形を把握し10^1回は姉の胸を拝見しただろう

 

もちろん感情はない。僕の心は熟練した武道家のように、どれだけガッキーに誘われようと動じることのない星野源のように、平静そのものである

 

というか姉はパンツ一丁で僕の周りをウロウロしているので、今更何も感じることなどないのだ。何というかさすが我が姉。というかゴミ箱にゴミ捨てれないから。というか目障りだから。死ね

 

・突如脱衣所に押しかける

レアケース。と言っても何のことはない、ドライヤーで髪を乾かしに来ただけである。そしてその場合高確率で全裸の僕と鉢合わせする。好きな人に自分の裸を見てほしいと感じる猿は喜ぶかもしれない、しかし僕からしたら全裸の自分の姿を見られることより(マナーとして)自分の股間を隠さなければいけないことのほうを気にする。いちいち隠すの面倒なんだよ死ね

 

・布団に入ってくる

もう10^10000000000000000000000000000000000000000000000000000回体験した。いtttttttttttttttttttttttttttttttっちばん腹立つ。僕にとって布団とは癒しの場、神聖な場所なのだ。この時は怒る。割と本気で。だがはぐらかされる。ざけんな死ね

 

そして高確率で寝ている。まじざけんな。もうここまでくると憎しみ以外の感情がない。「お姉ちゃん日々の生活に疲れてるんだね、人間関係とかでストレスもたまったらそりゃ疲れて寝たくもなるよね、もう仕方ないなー☆」といった仏の御心など1ミリもおきない。聖地を汚した罪は死あるのみ。死ね

 

また、僕が寝ている時でも姉は布団にはしょっちゅう入ってくる。殺意がわく。俺はお布団ちゃんとジハードしてんだ、何水を差してんだ、俺の聖地巡礼を邪魔すんじゃねえこいつ蹴り飛ばしてやろうかとも思う。だが暴力はいけないので丁重にお引き取り願うことにしている。死ね

 

 

 

いかがだろうか

 

 

人間というのはどうしてもないものねだりをしたがる生き物である。自分が一億円持っていても、他人が二億円持っていればどうしても妬み羨んでしまう生き物である

 

そしてその人類共通の羨望が、高校生男子に特有の欲と結びついてしまうからこのような愚かな願望を抱いてしまうのだ

 

僕の姉は世間一般でいう姉とは違うことは重々承知している、そしてかなり理想に近い存在であることも。「姉」と検索バーに打つだけで「嫌い」という言葉が出てくるほどだ、普通は姉弟仲というのは悪いのが普通だろう、憧れる気持ちもわかる

 

しかしたかだかオタク文化40年の歴史では、人類10万年の歴史で培われた近親婚のリミッターを打ち破ることなどできないのだ

 

 

血のつながりがあるという現実を打ち破ることなど絶対にできないのだ、重ねて言うが僕は姉がパンツ一丁で周りを歩いていようが布団にもぐられていようが決して姉にドキドキすることなどないのである、ましてや近親婚など後後後後後後後後後後後後後後後後後後後世生まれ変わったとてありえないだろう

 

夢を否定するようで気がひけるがこれが真実なのだ、おそらく皆さんが抱いているであろう姉とのドキドキサプライズイベントなど決して起こりはしないし何か劣情を感じるわけでもないのだ、「あ~~あの子の弟になりて~~~そうすりゃ毎日あの子拝めるじゃ~~~ん」なんてのは血がつながってないから言えるわけで、そんな戯言を抜かすならさっさと告白しろと言いたい

 

 

 

ここにおいて、「姉萌え」は絶滅したのだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はー妹ほしい